「思想・良心の自由」の判例:国家起立斉唱事件

2013年01月13日 23:19

国歌起立斉唱命令と教師の思想・良心の自由―国家起立斉唱事件―

茨城大学 中野雅紀

 

事件名等 平成23年(行ツ)第314号戒告処分取消等、裁決取消請求事件

民集65巻4号2148頁

 

概要 本件は前述の「君が代」ピアノ伴奏拒否事件を受けて、国旗国歌条項に基づき市立中学校校長が卒業式又は入学式において、同校の教諭Xらに対して国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立して斉唱をすることを命じたが、Xらがこれを拒否したので職務命令違反として戒告処分を受けることになり、上記処分は憲法19条の思想・良心の自由を侵害するものあるとし、その訓告取消等を求めた事件である。

 

事実関係 本件において、前述の「君が代」ピアノ伴奏事件の判例評釈で説明したようにこのような国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立して斉唱することは、学校教育法38条及び学校教育法施行規則54条の2に基づく中学校学習指導要領第4章第2C(1)及び同法第3の3によって特別活動の「儀式的行事」として「学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わい、新しい生活への動機付けとなるような行動をおこなうこと」、「指導計画の作成と内容の取り扱い」として「入学式や卒業式などにおいては、その意義に踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するものに指導するものとする」という所謂国旗国歌条項が定められていることを前提をとして理解しておく必要がある。これに基づき、八王子市教育委員会及び町田市教育委員会の教育長が、両市の小中学校の各校長宛に国歌・国旗条項の内容を所定の実施指針のとおり行うものにすること等を通達した。この通達を受けて両市の市立中学校の校長Yらが同校の教諭Xらに卒業式又は入学式においては国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立して斉唱することを命じたが、このような行為は国旗・国歌が軍国主義で果たした役割との関係で自分達の歴史観ないし世界観と相容れぬものであり、ひいては憲法19条の思想・良心の自由を侵害するものとし、Xらが起立などを拒否したために職務命令違反で戒告処分を受けることになった。これに対して、XらはYらに対して国歌斉唱に際して起立を命じる職務命令は思想・良心の自由を侵害するものとし、戒告処分の取消し及びそれに基づく服務自己再発防止研修受講の取消しを東京都人事委員会に取消を求めて審査請求したが棄却されたため、裁決取消請求を訴えた。原審判決の東京高判平成22年4月21日は、最高裁の指摘するところでもあるが諸論点について十分な審理を下すことなくXらの控訴を棄却した。これを不服として、Xらは最高裁判所に上告した。

 

判決要旨 本件上告のうち、東京都人事委員会がした判決の取消請求に関する部分を却下して、その余の部分を棄却する。公立中学校の校長Yらが教諭Xらに対し卒業式において国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立して斉唱することを命じた職務命令は、以下の判示の状況の下では、当該教諭らの思想及び良心の自由を侵害するとして憲法19条に違反するとは言えない。「上記の起立斉唱行為は、学校の儀式的行事における慣例上の儀式的な所作としての性格を有するものであり、我が国において『日の丸』や『君が代』が戦前の軍国主義や国家体制等との関係で果たした役割に関わる当該教諭の歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものではなく、上記職務命令は、直ちにその歴史観ないし世界観それ自体を否定するものとはいえない。」「上記の起立斉唱行為は、学校の儀式的行事における慣例上の儀礼として外部からも認識されるものであって、特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部からも認識されるものと評価することは困難であり、上記職務命令は、当該教諭に特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものとはいえない。」「上記の起立斉唱行為は、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であり、上述の……の歴史観ないし世界観に由来する行為と異なる外部的行動を求められることとなる面があるところ、他方、上記職務命令は、中学校教育の目標や卒業式等の儀式的行為の意義、在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って、地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ、生徒等への円滑な進行を図るものである。」

 なお、本判決においては田原裁判官の反対意見および那須、岡部、大谷各裁判官の補足意見がある。

 

コメント はじめに、本判決は「君が代」伴奏拒否事件(3-33)が学校教育現場における教師の思想・良心の自由の問題に及ぼした影響を検討するためには重要な判決である。しかし、それためには同時に2011年に相次いで出された同様の事件である最高裁判所第三小法廷平成23年6月21日判決及び最高裁判所第一小法廷平成23年7月7日判決も検討した上で最高裁の判断を評価しければならない。その部分は紙面の都合上、読者諸氏が各自勉強されることを望む。但し、奥平康弘氏が指摘しているように、本件で反対意見が1人、補足意見が3人いるのと同じく、前者の判決においても宮川裁判官の補足意見があり、後者の判決のおいても田原裁判官の反対意見および那須、岡部、大谷各裁判官の補足意見があり、小法廷判決でこれだけの意見が出るところからも最高裁判所のこの問題についての見解はまだ混沌状態にあると言えよう。しかし二つの判例において、多くの裁判官がシンクロしていることを考えると、一定の方向性は見えてくる。                    

 ここでは紙面の問題上、論点だけを示しておこう。それは、本判決の反対意見及び補足意見について「君が代」伴奏拒否事件と本件の国歌起立斉唱事件との相違点、例えば内心の核心的部分に対する侵害や、ピアノ伴奏拒否事件で示された判断枠組みに沿って、国歌斉唱の際の音楽専科の教諭のピアノ伴奏拒否と本件の教諭らの不起立行為とを対照しながら、内心の核心とこれに由来する外部的行動の関係、求められる外部的行動と内心の核心への働きかけが検討されていることである。これは、岡部裁判官の本件のような事例における命令の不履行に対する不利益処分を科す場合、慎重な比較衡量の必要性が求められるという補足意見につながっていこう(伴奏拒否事件の藤田反対意見の反映と思われる)。

 違憲審査基準について下記文献における木村草太氏の図が参考になる。原告側の主張と被告側の反論に分けて五段階のテーマ(①保護範囲論→②制約の認定→③違憲審査基準の設定→④目的の設定→⑤違憲審査基準への当てはめ)に適用する判断枠組みは魅力的である。

 

ステップアップ 木村草太『憲法の急所 権利論を組み立てる』(羽鳥書店、2012年)78頁