「選挙権」の判例:公職選挙法違反事件

2013年01月13日 23:12

選挙権・被選挙権の本質と選挙の公正-選挙犯罪処刑者選挙権・被選挙権停止違憲事件

茨城大学 中野雅紀

 

最高裁昭和30年2月9日大法廷判決

事件名等 昭和29年(あ)第439号公職選挙法違反被告事件

刑集9巻2号217頁、判時45頁、判タ49号20頁

 

概要 本件は衆議院議員総選挙に際して、公選法上の買収罪にあたるとして有罪判決を下された選挙犯罪処刑者に公選法252条1項及び3項(昭和37年改正前)に基づき、選挙権及び被選挙権の停止を科すことが国民の参政権を不当に奪うものであるかどうかが争われた事例である。

 

事実関係 昭和27年10月1日に施行された衆議院議員総選挙に際し、被告人Xら7名は長野県第4区から立候補したAを当選させる目的のために、お互いに票のとりまとめを依頼・承諾し、またその報酬並びに運動資金として現金を供与・授受をおこなった。この行為が公選法221条の買収罪に該当するとして起訴されたのが本事件の発端である。

 第1審の長野地判昭和28年6月1日判決は、Xらの行為は公選法上の買収行為であるとして有罪(執行猶予付き懲役、罰金刑)を言い渡し、それに伴い公選法252条に基づき5年の選挙権・被選挙権の停止が科せられた。第2審の東京高判昭和28年11月28日は、1審の量刑がいささか重すぎるとして第1審を破棄して、全員を減刑して罰金刑を科すと共に、公選法252条3項(昭和37年改正前)選挙権・被選挙権の停止期間も2年に短縮した(そのうち一名の被告に対しては公選法252条1項の停止規定適用が排除された)。停止規定を排除されなかった、Xら6名が公選法252条1項及び3項は選挙権及び被選挙権の停止は憲法14条及び44条の国民の参政権を不当に剥奪するものとして違憲を主張して最高裁に上告。

 

判決要旨 上告棄却。「(公選法)252条所定の選挙犯罪は、いずれも選挙の公正を害する犯罪であって、かかる犯罪の処刑者は、すなわち現に選挙の公正を害したものとして、選挙に関与せしめるに不当なものとみとめるべきであるから、これを一定期間、公職の選挙に関与することから排除するのは相当であって、他の一般犯罪の処刑者が選挙権被選挙権を停止されるのとは、おのずから別個の事由にもとづくものである。されば選挙犯罪の処刑者について、一般犯罪の処刑者に比し、特に、厳に選挙権被選挙権停止の処遇を規定しても、これをもって所論のように条理に反する差別待遇というべきではないのである。」「国民主権を宣言する憲法の下において、公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一つであることは所論の通りであるが、それだけに選挙の公正はあくまでも厳粛に保持されなければならないのであって、一旦この公平を阻害し、選挙に関与せしめることが不適当とみとめられるものは、しばらく、被選挙権、選挙権の行使から遠ざけて選挙の公正を確保すると共に、本人の反省を促すことは相当であるからこれを以て不当に国民の参政権を奪うものというべきではない。」

斎藤悠輔・入江俊郎補足意見 「選挙権については、国民主権につながる重大な基本権であるといえようが、権利ではなく、権利能力であり、国民全体の奉仕者である公務員となり得べき資格である。……両議院の議員の選挙権、被選挙権については、……すべて法律の規定するところに委ね(られたものであり)、両権は、わが憲法上法律を以てしても侵されない普遍、永久且つ固有の人権で……ない。むしろ、わが憲法上法律は、選挙権・被選挙権並びにその欠格条件につき憲法14条、15条3項、44条但書の制約に反しない限り、時宜に応じ事由且つ合理的に規定し得べきものとして解さなければならない。」

 

コメント 本判決はその争点として選挙犯罪による処刑者の選挙権・被選挙権の停止を規定した公選法252条が憲法14条、15条3項、44条但書で保障された選挙権を侵害するのではないかという合憲性が争われたことから、わが国の選挙権の本質、とりわけ選挙権が理論上「自然権説」、「公務説」、「権限説」あるいは「二元説」のいずれに依拠しているのか検討されるきっかけを作った初期判例であるとされる。ただ毛利透氏も指摘するように、この判決自体は「選挙権・被選挙権の停止が合憲だということを定めたことにつきる(だけで)、……『選挙権・被選挙権の本質』が正面から議論されているわけではない。」

 あえて、選挙権についての「自然権説」、「公務説」、「権限説」あるいは「二元説」は既知の知識であるとして解説を控えることとしたい。しかし、人民主権説を採るからといって、必ずしも選挙権が「自然権」でなければならないというわけでもなく、また一見、ホッブズのように精密機械を一旦分解して、その仕組みを調べてから再度、規範構造の再構築と分析の観点から選挙権を「自然権」と捉え直す学説もあることにも注意しなければならない。とりあえずは、本判決においては最高裁の多数意見は「二元説」を基調としながらも「国民の最も重要な基本的権利」を強調し、権利説的構成をも導入して選挙権・選挙制度の避けられぬ本質から「選挙の公正確保」という選挙権の「内在的制約」として処刑者の選挙権の停止を基礎づけていると言えなくもない。反対に、斎藤・入江補足意見は選挙権を「自然権」と捉えおらず、選挙権の「公務性」から「立法裁量」を認めているからといっても、「時宜に応じ自由且つ合理的に規定し得」べきと限定している以上、「公務性」により選挙権の広い立法裁量を容認していることを安易に肯定しているわけではない。

 最後に駒村圭吾氏の指摘するように、選挙権はその制度性と公務性において自由権と区別され、自由権制限の論証の前提となっていた「原則=例外、例外=制限」の図式が選挙権には成立しにくい。その上で、違憲審査論と絡めて選挙権の「制度的権利」説や「国民固有の権利」説を再考する必要があろう。

 

ステップアップ 百選Ⅱ五版158事件(岡田信弘)、佐藤・土井編『判例講義 憲法Ⅱ』152事件(毛利透)、辻村みよ子「選挙権論の『原点』と『争点』・再論」杉原・樋口編『論争憲法学』(日本評論社、1994年)239頁、長尾一紘『選挙権論の再検討』ジュリスト1022号88頁、駒村圭吾『選挙権と選挙制度』法学セミナー683号64頁。