キヨミズ准教授の法学入門

2013年01月01日 02:52

 2012年12月29日の備忘録を2013年1月1日に書き込んでいる。それでその空白の期間に、お前は何をやっいてたのかというとまずはこのブログの12月28日の備忘録の書き込みと、年賀状を書き始めたということである。では年賀状の進捗状況はと聞かれると、ほとんど前に進んでいないというのが現状であった。実際、わたしの所属している本務大学の所属学部の教員数だけで120名前後いるために、それらからチョイスして80名前後に絞っても丸一日がかりの仕事である。おまけに、午後8時半ごろからアマゾンで購入した木村草太『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書、2012年)を読みながら、毎週土曜日に更新されるチャットを見ながら年賀葉書を書くのだから全然効率があがらなかった。

 Chapter4の部分で「その法律が適用されるかどうかを、直接、即座に判断できる」場合の話が出てきたが、これは基本権の「三段階審査論」で第一段階で「保護領域」(Schutzbereich)の話をすることに反対で、さらに「保護領域」ではなく、「構成要件」あるいは「構成要素」(Tatbestand)と翻訳すべきであるとするわたしにとっては、なかなか面白い議論が展開されているな~と思った。そもそも、「請求内容の画定」と「事実の画定」を截然と行えるのであろうか。樋口陽一説と内野正幸説の人権画定論が同じ用語を使いながら、その実は異なっているということを考えても、「一応の」権利と「確定的」権利が本当にプロセス的に具体化されているのかは怪しい。もっとも、そのプロセスさえ用意されていなかったら、もはやそれは裁判官の独善による判断というそしりを受けざるを得ないであろうが、裁判官が本当に「構成要件」→「違法性」→「責任」と段階をおって判断を下しているというのは幻想ではなかろうか。それでもそう言わなければならないのは、「正当化論証」、「誠実性論証」および「説得性論証」をあとづけでもいいから言っておかないと熟議に基づく討議理論の前提が破壊されてしまうからではないのかなどと考えさせられた。

 大体、基本権の「確定」ではなく、基本権の「画定」であるのだから、そももそも大きな領域を「一応」想定して、引き算で最終的に残ったものが「確定的」権利である請求権として主張できると読むのが素直な読み方だと思う。最後にわたしの本書読後の感想は、「日本一敷居の低い法学入門」と銘打っているが、それは嘘で噛めばかむだけ疑問の湧いてくるスルメのような入門書と思われる。大学1年に時に読んで、大学4年の時に読むと、その効果は抜群であるだろう。この日のブログの12月29日の備忘録の書き込みはここまでということで。