懐かし映画鑑賞
3月3日の備忘録。
相変わらず、体調が良くない。したがって、またまたDVDを観て一日を過ごす(もちろん、一昨日回収したノートは読んでチェックして、要確認事項については再度、一次文献に当たってはいるが)。
①鈴木雅之監督「プリンセストヨトミ」
ストーリーのコンセプトは、井上ひさしの『吉里吉里人』と同じで、日本国内には中央政府だけではなく、大坂国という独立国家が存在し、その存続が危ぶまれた場合には大坂国の人間は中央政府に対して「立ち上がり」という抵抗権を行使するというものである。原作の万城目学氏は、京都大学法学部でロザンの宇治原と同級生らしいので、同じ法学部で学んだ者からすると辛口評価をせざるをえない。大坂が商人の町というのは大阪市や堺市は別にして、わたしが育った河内や摂津は農村地域で商都には当てはまらない。でなければ、関ケ原以降、家康に領土を削られた豊臣家が65万石を領有していたことの説明はどうするのか。たとえば、わたしが育った門真市は両親が土地を買った時には北河内郡門真村で典型的な農村地帯であった(沼沢でレンコンの産地で有名であった。パナソニックが本社を置いたのは、この沼沢の埋め立て地で鬼門であった土地の地代が安かったからである)。とすると、この物語において商人の子孫と農民の子孫の関係はどうなっているのであろうか等の疑問が発生する。ま~、こんなこと言っていると映画自体を楽しめなくなるのでやめておくが、わたしは綾瀬はるかがあまり好きではないので映像美の点からも辛口批評になる。追加であるが、大学時代に学部四年生のゼミの同期に堺の会合衆の子孫のN君がいたが、彼はやたらとプライドが高かった。彼ならば、「立ち上がり」の先導者になるかもしれないが、その他の大坂のおっちゃんやおばちゃんが、そんな大胆なことはしないと思うのだが。ただし、万城目氏はこの大坂国の掟は父から息子にだけ伝承されるということにしているが、四民平等の世の中でそんな伝承が続くわけがないだろうと突っ込みを入れたくなる。
②五社英雄監督「226」
226事件は、観念右翼と世界最終戦争を信じた法華経信者を中核とした陸軍若手将校によって引き起こされた日本史に汚点を残した凄惨な事件である。このテルールのために、大正デモクラシーは完全に息の根を止められてしまった。しかし、中央政府の東北軽視策は事実として、貧しい農村の子女は遊郭に売られるという理屈はまるで「風が吹けば桶屋が儲かる」式の因果関係性のない戯言である。女性蔑視ではないが、東北女性が全員遊郭に売られるはずがない。これを韓国等の従軍慰安婦問題に当てはめれば半島の女性が全部が全部、従軍慰安婦にさせられることはないのと同じである。
③もりやまゆうじ監督「プロジェクトA子 2」
大学時代に観た劇場版アニメのひとつ。キャッチ・コピーは、「今、時代は天下無敵の女子高生」であった。このDVDは、病気になった前後にBOXでアマゾンに注文していたが、なかなか観ることができずにいたもの。ちなみに、わたしは上記の「226」の記述で勘違いされると困るのであるが、女性蔑視論者ではない。そもそも、わたしの通っていた高校は河北高等女学校を前身とする学校であり、また義務教育は男女の比率が女子の方が多かったので女性の有能さは理解していてるつもりである。ファイナルと言いつつ、この後、「プロジェクトA子 3」や「スペース・オペラ編」が作られたのであるが、まずはこの2から観ていくことにした。しかし、再度観て1がこのシリーズの中で一番面白いことを確認することができた。
④もりやまゆうじ監督「プロジェクトA子」
この作品と「戦国魔神ゴーショーグン」と「さすがの猿飛」を並行して観ると、登場人物がオーバー・ラップしていて面白い。いろいろなアニメ・マンガのパロディーから作られているので、アニメではお気に入りの作品。特に、B子お嬢様(大徳寺財閥の一人娘)と、その取り巻き松、竹、梅のヒロイン側に対する行動はお約束。最後に、A子のお父さんとお母さんがスーパーマンとワンダーガールであると連想させるシーンをさり気なく入れているのがお洒落。
⑤川尻善昭監督「妖獣都市」
昨夜に引き続き、菊池秀行原作・川尻善昭監督の「妖獣都市」を15年ぶりに観てみる。