出版社編集のすごさ

2018年10月18日 15:41

10月18日(木曜日)

 

 中野雅紀です。先月末に、出版の可能性を伺った某出版社から以下のような感想をいただきました。ある意味で、欠点の指摘を含め感動させていただきました。

 

『基本権価値・原理の衝突とその規範分析―基本権構造論の諸問題―』所見

○○出版会・大橋

◆読後の雑感

 宮沢俊義の「人権を制約するのは人権」論以来、日本では深まることのなかった「基本権の衝突」の議論。人権を神聖視するあまりか、学界からも現在まで等閑視されてきた。 いまや日本では憲法改正をめぐっての議論が高まりつつある。しかし、日本人の憲法の理解や人権の観念には、上記のように煮詰まった議論が欠けているのではないか。一方、ナチス・ドイツへの反省から法の問題を突き詰めてきたドイツでは、基本権衝突の議論は連綿と深められてきた(形を変えてはいるが)。

本論では、基本権衝突の問題を考察し日本の憲法議論に資するよう、戦後ドイツの議論を振り返り、達成と課題を明らかにする。

なかでも以下の3人の議論に焦点をあて、彼らの理論から基本権とはなにか、どこから生まれてくるのか、その枠組みをどう理論化できるか、について考察する。

カール・シュミット

ヨーゼフ・イーゼンゼー

ロベルト・アレクシー

 主な構成としては、テーマごとに戦後のドイツの憲法・基本権議論を詳細にレビューしつつ、それら議論の日本での受け止め、私見をはさむ。

 テーマは各章タイトルに明確に表れているとおりだが、最終的にはアレクシーの「ルール/原理/手続き」モデルを受けいれ、広義の基本権構成要件理論ではなく、イーゼンゼーの狭義の基本権構成要件理論を是とする。

日本における基本権衝突の議論の乏しさ、あるいは意識の低さを考えると、問題提起としての意義は高い。かつ、全体を通して非常に詳細なレビューを行い、それらを論理的に構築しなおすことで、議論の土台の設定に成功している。さらに私見や解説から著者の立場も明解である。

当会がこれまであまり関与してこなかった法学の書ではあるものの、以下の問題点をクリアできるのであれば、出版を検討できる内容であると考える。

◆問題点

・全体的に問題系や理論はよく整理されているが、レビューが大半を占め、かなり引用部分が多い。一方、著者自身の「基本権衝突」への論(結論)がない。第10章の末尾では、「ドイツにおける基本権衝突論についての議論を概観した......基本権衝突それ自体の検討は十分尽くせなかった」「問題点を若干でも示せたとすれば、本稿の目的は最低限果たした」としているが、これをどう考えるか?

 問題提起としては意義深い内容であるし、これまでの基本権衝突に関する議論の整理という意味で読者に資するものであると見る。しかし、問題提起あるいはレビューにとどまり著者自身の解答がないのでは、不完全燃焼感が残る。

本書の目的をあくまで問題提起の書とするにとどめるのか、より一歩進んで、基本権衝突の議論に一定の解答・著者からの明快なメッセージを示すのか。ここまでレビューがあり筆者の立場も明らかであれば、後者としての書籍化を選択し、最後に著者の独自の理論を展開する章を加えていただきたい、というのが読後一番の感想である。

時勢におもねることは一切ないが、憲法改正議論が湧きおこりつつあるいま本書を世に問う、という状況自体を無視することはできない。であれば、結論もメッセージも明快にして記載されていてほしい。

・読者設定をどうするか、については要相談。内容は法学知識がないと理解できない用語(「~主義」「~論」)が説明抜きで大量に出てくる(博論なので当然ではあるが)。またこれも当然ではあるが、概念的な議論に終始するので難易度は高い。

本書のターゲットを法学者のみにするのであればこのままでもよいかもしれないが、より広く憲法に関心のある層やドイツ政治史研究者にまで広げるのであれば、法学専門用語や知識については説明を要する。また概念的な議論についてもそうした読者への目配せは必要になってくる。どこまでの記述にできるか、修正のポイントになる。ただし、構成やテーマ設定自体は明快。

・メールによれば、「序論」「第Ⅰ部」はドイツ現代政治史として読むことも可能、とあったが、中身はあくまで憲法議論であり法学分野であることは間違いなく、政治史的なものにするのは無理があるのではないか。改変するとしても、用語や議論の過程についてはかなり詳しく修正しなおさないといけない。これもどのような書籍にするか、の問題。

・レビュー部分について。とくに第Ⅰ部はドイツの論争について詳細に記述されているが、本書の目論見を果たすうえで、ここまで詳細にかつ大量の引用を記載する必要があるか、疑問である。第Ⅱ部に比してとくにレビューに特化した第Ⅰ部は肥大化しているように思われる。既発表論文を集めて一篇に編んだものなので、ばらつきがあるのは仕方のないことでもあるが、もっと議論を絞り先鋭化してもよいのではないか。肥大化部分で読者がつまずくのはもったいない。

・発表論文を集めて構成されているため、体裁が整っていない。また、議論の重複が見られる。書籍化にあたっては、全面的に一冊としてのまとまりをつけるために修正が必要と思われる。誤字脱字もかなり散見されるので、原稿段階で相応の書き直しが必要。言葉遣いについても「本人的には」などあまりふさわしくないと思われるものも散見されるので、見直しを検討する必要あり。またNHK「ファミリーヒストリー」など、話題がぶれたり知らないとピンとこないトリビア的なものもあるので、このあたりも再度、検討すべき。

 上記に関して、現状の文字数から書籍にして500頁強になると思われるが、議論の重複などを省く、あるいは論をさらに明解に通すよう改変すれば、400頁程度までに絞れると思われる。現状では、ボリュームが出すぎているように思われる。

 

・注が相当な分量(文字数だけでみれば本文と同じくらいあるかもしれない)あり、脚注にした場合、ページの半分以上になるところが多くなりそうだが、ここまでの注を付すかどうか、書籍にする際はいまいちど検討してもよいかと思われる。

 ・タイトルは要変更

◆おわりに

 原稿は博論に提出した段階のものなので、ここから書籍にできるかどうか、今後の修正にかかってくる。一番の議論点は、問題提起に終わらないものとして著者自身の論を加えることができるか、であると思われる。いずれにしろ書籍化には相応の修正期間が必要になる。

 ただ、それが可能であれば、内容は読みごたえがあり、現在刊行する意義も高いと見る。