本能寺の変、祖父の命日、判例評釈発表
6月2日(金曜日)
潮見スクーリング 2017/06/02
報告担当 京都大学大学院法学研究科法政理論専攻D3 中野雅紀(なかの まさのり)
平成27年(受)第1036号 損害賠償請求事件
平成28年10月18日 第三小法廷判決
主 文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3 報告義務確認請求に関する部分につき,本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
4 第1,2項についての控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人二島豊太ほかの上告受理申立て理由第3について
1 本件は,弁護士法23条の2第2項に基づく照会(以下「23条照会」という。)をC株式会社(以下「本件会社」という。)に対してした弁護士会である被上告人が,本件会社を吸収合併した上告人に対し,主位的に,本件会社が23条照会に対する報告を拒絶したことにより被上告人の法律上保護される利益が侵害されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求め,予備的に,上告人が23条照会に対する報告をする義務を負うことの確認を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
Aは,平成22年2月,Bに対し,株式の購入代金名目で金員を詐取されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起し,同年9月,Bとの間で,BがAに対し損害賠償金を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解をした。
Aの代理人弁護士は,Bに対する強制執行の準備のため,平成23年9月,所属弁護士会である被上告人に対し,弁護士法23条の2第1項に基づき,B宛ての郵便物に係る転居届の提出の有無及び転居届記載の新住所(居所)等について本件会社に23条照会をすることを申し出た。
被上告人は,上記の申出を適当と認め,平成23年9月,本件会社に対し,上記の事項について23条照会をしたが,本件会社は,同年10月,これに対する報告を拒絶した。
3 原審は,上記事実関係の下において,被上告人の法律上保護される利益の侵害の有無について次のとおり判断して,被上告人の主位的請求を一部認容した。
23条照会をする権限は,その制度の適正な運用を図るために弁護士会にのみ与えられており,弁護士会は,自己の事務として,個々の弁護士からの申出が制度の趣旨に照らして適切であるか否かについて自律的に判断して上記権限を行使するものである。そして,弁護士会が,23条照会の適切な運用に向けて力を注ぎ,国民の権利の実現を図ってきたことからすれば,23条照会に対する報告を拒絶する行為は,23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成するというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
23条照会の制度は,弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものである。そして,23条照会を受けた公務所又は公私の団体は,正当な理由がない限り,照会された事項について報告をすべきものと解されるのであり,23条照会をすることが上記の公務所又は公私の団体の利害に重大な影響を及ぼし得ることなどに鑑み,弁護士法23条の2は,上記制度の適正な運用を図るために,照会権限を弁護士会に付与し,個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねているものである。そうすると,弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るためにすぎないのであって,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されない。
したがって,23条照会に対する報告を拒絶する行為が,23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の主位的請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。被上告人の予備的請求である報告義務確認請求については,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官岡部喜代子,同木内道祥の各補足意見がある。
裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
私は,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとの法廷意見に賛同するものであるが,23条照会に対する報告義務と郵便法上の守秘義務との関係等について補足して意見を述べる。
23条照会の制度の趣旨は,原審の述べるとおり,弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし,事件の適正な解決に資することを目的とするものであり,照会を受けた公務所又は公私の団体は照会を行った弁護士会に対して報告をする公法上の義務を負うものである。ただ,上記の公務所又は公私の団体において報告を拒絶する正当な理由があれば全部又は一部の報告を拒絶することが許される。
転居届に係る情報は,信書の秘密ないし通信の秘密には該当しないものの,郵便法8条2項にいう「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に該当し,上告人はこれに関し守秘義務を負っている。この場合,23条照会に対する報告義務の趣旨からすれば上記報告義務に対して郵便法上の守秘義務が常に優先すると解すべき根拠はない。各照会事項について,照会を求める側の利益と秘密を守られる側の利益を比較衡量して報告拒絶が正当であるか否かを判断するべきである。
23条照会に対する報告義務が公法上の義務であることからすれば,その義務違反と民法上の不法行為の成否とは必ずしも一致しないとはいえるが,正当な理由のない報告義務違反により不法行為上保護される利益が侵害されれば不法行為が成立することもあり得るところである。しかし,法廷意見の述べるとおり,弁護士会には法律上保護される利益が存在しないので,仮に正当な理由のない報告拒絶であっても弁護士会に対する不法行為は成立しない。
裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛同するものであるが,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとの点について,補足して意見を述べる。
原審が,照会が実効性を持つ利益の侵害により無形損害が生ずることを認めるのは,23条照会に対する報告義務に実効性を持たせるためであると解される。しかし,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補塡して,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,義務に実効性を持たせることを目的とするものではない。義務に実効性を持たせるために金銭給付を命ずるというのは,強制執行の方法としての間接強制の範疇に属するものであり,損害賠償制度とは異質なものである。
そうすると,弁護士会が23条照会に対する報告を受けられなかったこと自体をもって,不法行為における法律上保護される利益の侵害ということはできないのである。
(裁判長裁判官 木内道祥 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官大橋正春 裁判官 山崎敏充)
[判決の概要]
弁護士法23 条の2 第2 項に基づく照会(以下「23 条照会」という。)に対する報告を拒絶する行為が、23 条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして、当該弁護士会に対する不法行為を構成することはない。
[事案の概要]
1. A は、平成22 年2 月、B に対し、株式の購入代金名目で金員を詐取されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した。この訴訟は、同年9 月、B がAに対し損害賠償金を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解が成立したが、B が約定の支払いをしなかったため、A は代理人弁護士甲に、上記裁判上の和解に基づいて、B の財産に強制執行をすることを委任した。
2. 弁護士甲は、B に対する強制執行の準備のため、平成23 年9 月、所属弁護士会である
X(被上告人)に対し、弁護士法23 条の2 第1 項に基づき、B 宛ての郵便物に係る転居届の提出の有無、届出年月日、転居届記載の新住所(居所)及び電話番号について、Y(上告人。ただし、照会当時は、吸収合併により商号を日本郵便株式会社に変更する前の郵便局株式会社に吸収合併された郵便事業株式会社。以下、その前後を通じてY という。)に対し23 条照会をしたが、Y は、同年10 月、照会に応じない旨を回答した(以下「本件拒絶」という。)。
3. 本件は、X らが、本件拒絶が不法行為を構成すると主張して、Y に対し、依頼者であるA において1 万5250 円(慰謝料1 万円及び23 条照会に要した費用5,250 円)、弁護士会であるX において30 万380 円(郵便費用380 円及び無形損害40 万円のうち30万円)を求めた事案である。
4. 一審の名古屋地裁は、Y の報告拒絶には正当な理由は認められず違法であるが、「郵便法8 条2 項の守秘義務を負っている被告が同照会に対して報告できない旨の回答をしたことに相応の事情が存したことは否定できない以上、被告に過失があるということまではできない」として、X らに対する不法行為責任を負わないとした。
5. 控訴審の名古屋高裁で、X らは、損害賠償請求を主位的請求としたうえ請求を拡張したほか、予備的請求としてY において23 条照会に対する報告義務があることの確認請求を追加した。判決は、X らの法律上保護される利益の侵害の有無について、次のとおり判旨して1 万円の限度で主位的請求を認容し、A の控訴を棄却した。23 条照会をする権限は、その制度の適正な運用を図るために弁護士会にのみ与えられており、弁護士会は、自己の事務として、個々の弁護士からの申出が制度の趣旨に照らして適切であるか否かについて自律的に判断して上記権限を行使するものである。そして、弁護士会が、23 条照会の適切な運用に向けて力を注ぎ、国民の権利の実現を図ってきたことからすれば、23 条照会に対する報告を拒絶する行為は、23 条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成するというべきである。
[判決要旨]
本判決は、以下のとおり判旨して、原判決のY 敗訴部分を破棄、当該部分のX の控訴を棄却、報告義務確認請求につき名古屋高等裁判所に差し戻した。
23 条照会の制度は、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものである。そして、23 条照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解されるのであり、23 条照会をすることが上記の公務所又は公私の団体の利害に重要な影響
を及ぼし得ることなどに鑑み、弁護士法23 条の2 は、上記制度の適正な運用を図るために、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねているものである。そうすると、弁護士会が23 条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るために過ぎないのであって、23 条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されない。したがって、23 条照会に対する報告を拒絶する行為が、23 条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないというべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官岡部喜代子,同木内道祥の各補足意見がある。
裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
私は,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとの法廷意見に賛同するものであるが,23条照会に対する報告義務と郵便法上の守秘義務との関係等について補足して意見を述べる。
23条照会の制度の趣旨は,原審の述べるとおり,弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし,事件の適正な解決に資することを目的とするものであり,照会を受けた公務所又は公私の団体は照会を行った弁護士会に対して報告をする公法上の義務を負うものである。ただ,上記の公務所又は公私の団体において報告を拒絶する正当な理由があれば全部又は一部の報告を拒絶することが許される。
転居届に係る情報は,信書の秘密ないし通信の秘密には該当しないものの,郵便法8条2項にいう「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に該当し,上告人はこれに関し守秘義務を負っている。この場合,23条照会に対する報告義務の趣旨からすれば上記報告義務に対して郵便法上の守秘義務が常に優先すると解すべき根拠はない。各照会事項について,照会を求める側の利益と秘密を守られる側の利益を比較衡量して報告拒絶が正当であるか否かを判断するべきである。
23条照会に対する報告義務が公法上の義務であることからすれば,その義務違反と民法上の不法行為の成否とは必ずしも一致しないとはいえるが,正当な理由のない報告義務違反により不法行為上保護される利益が侵害されれば不法行為が成立することもあり得るところである。しかし,法廷意見の述べるとおり,弁護士会には法律上保護される利益が存在しないので,仮に正当な理由のない報告拒絶であっても弁護士会に対する不法行為は成立しない。
裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛同するものであるが,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとの点について,補足して意見を述べる。
原審が,照会が実効性を持つ利益の侵害により無形損害が生ずることを認めるのは,23条照会に対する報告義務に実効性を持たせるためであると解される。しかし,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補塡して,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,義務に実効性を持たせることを目的とするものではない。義務に実効性を持たせるために金銭給付を命ずるというのは,強制執行の方法としての間接強制の範疇に属するものであり,損害賠償制度とは異質なものである。
そうすると,弁護士会が23条照会に対する報告を受けられなかったこと自体をもって,不法行為における法律上保護される利益の侵害ということはできないのである。
[解説]
はじめに.
学部在学中以来、ひさしぶりに民事判例を勉強させてもらった。したがって、この最高裁判決の重要性については、実は私自身の学問的な、というよりも独自的な検討から「これが重要だ」と言っているわけではない。しかし、この判決が出た直後、弁護士会会長談話(①)および愛知県弁護士会談話(②)が出された。そのいずれも、最高裁判例について批判的である。それゆえに、この弁護士照会の制限という問題は争点となりうるし、また重要なものであるとの印象を受けた。
本日、最高裁判所第三小法廷は、転居届情報について拒否回答を行った照会先に対する弁護士会の損害賠償請求を認めた名古屋高等裁判所の判決を破棄して、請求を認めないとする一方、報告義務確認請求について審理を尽くさせるため名古屋高裁に差し戻した。
本件は、所在不明の債務者の住居所を明らかにするため、郵便局に提出された転居届の新住所を弁護士会が照会したことに対して、日本郵便株式会社(以下「日本郵便」という。)が当該情報の開示は通信の秘密及び信書の秘密に触れるとして回答を拒絶したことに対して、事件の依頼者及び愛知県弁護士会が違法な回答拒否であるとして損害賠償を求めた案件である。
弁護士法第23条の2に基づく弁護士会照会制度は、弁護士が依頼を受けた事件の処理に必要な情報・証拠を収集するために利用できる重要な手段であり、これにより真実を発見し正義に合致した解決を実現することにより司法制度の適正な運営を支える公益的な制度である。
弁護士会照会制度は、依頼を受けた弁護士の申出を受け、弁護士会が申出の必要性・相当性を審査した上で弁護士会の会長名義で照会がなされるものであって、その年間の受付件数は、2015年1年間で全国の弁護士会で17万6,334件に上り、また多くの照会先から回答がなされているところであり、司法制度の運営に重要な役割を果たしている。
本判決は、原審が肯定した弁護士会に対する賠償責任を、弁護士会には法律上保護される利益がないとして否定しているが、不当である。
なお、本判決は、弁護士会には損害賠償が認められないと判断したにとどまるものであり、弁護士会照会に対して回答に応じなくとも一切賠償責任を負わないと判断したものではない点に留意されるべきである。
報告義務確認請求については差戻しがなされており、差戻し審の審理については引き続き注視したい。
日本郵便に対しては、本判決が、照会を受けた照会先は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきとし、岡部喜代子裁判官の補足意見が、転居届けに係る情報について郵便法上の守秘義務が常に優先すると解すべき根拠はないとしている。
上記趣旨に従い、日本郵便に対しては、具体的な利益衡量を行った上で回答に転じるように求める。
今後も当連合会は、弁護士会照会制度の適正な運営による信頼性の確保とともに、回答しやすい環境作りに努め、あわせて正当な理由のない回答拒否については回答が得られるように引き続き粘り強く取り組み、弁護士会照会制度が実効性のある制度として機能・発展していくよう全力を尽くす所存である。
2016年(平成28年)10月18日
日本弁護士連合会 会長 中本 和洋
本日、最高裁判所は、転居届情報に関する弁護士会照会への報告を拒絶した日本郵便株式会社(以下「日本郵便」という。)に対する当会の損害賠償請求を認めた名古屋高等裁判所の判決を破棄し、報告義務があることの確認請求を差し戻す判決を言い渡した。
本件は、未公開株詐欺を受けた高齢の被害者が加害者との間で裁判上の和解をしたものの、その後和解金の支払いを受けられないまま加害者が所在不明となったことから、強制執行をするために加害者の所在を調査する目的で、郵便局に提出された転居届に記載された新住所についてなした弁護士法第23条の2に基づく弁護士会照会に対し、日本郵便が通信の秘密あるいは信書の秘密に抵触するとして報告を拒絶した事案である。
国民の信頼に足る司法制度の維持のためには、民事裁判が実効的なものでなければならず、国民の権利の実現のためには債務者の居所を知ることが不可欠となる。ところが、本件加害者のように債務者の中には、住民票上の住所を移さないまま、所在不明となる者も存在する。このような不誠実な債務者も、郵便局に転居届を提出しているケースがあり、転居届に記載された情報は債務者の居所を知る重要な情報源となる。転居届情報について弁護士会照会に対する報告が得られないことは、国民の権利の実現を妨げ、司法に対する信頼性を揺るがしかねないものといえる。そこで、当会は、転居届情報に関する弁護士会照会への報告を一律に拒絶し続けている日本郵便に対して損害賠償請求訴訟の提起に踏み切った。
最高裁判所は、弁護士会照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきと判示した。この点に関する判断は、弁護士会照会制度を定めた弁護士法第23条の2が、基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという弁護士の使命の下で、国民の権利を実現するという司法制度の根幹に関わる重要な役割を弁護士会に認めた趣旨を正当に評価するものである。
本件訴訟は、名古屋高等裁判所に差し戻されて、今後、日本郵便に報告する義務があるか否かの確認請求について審理されることとなる。当会としては、日本郵便に報告義務があることの確認請求が認められるように引き続き尽力していく所存である。
最高裁判所が、弁護士会照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告すべきことを示し、補足意見が弁護士会照会に対する報告義務に対して郵便法上の守秘義務が常に優先すると解すべき根拠はないと述べた趣旨を汲み、今後、日本郵便に対し、確認請求訴訟の結論を待たず運用改善に踏み切ることを切に希望する。
2016年(平成28年)10月18日
愛知県弁護士会 会長 石原真二
Ⅰ.23 条照会
(秘密保持の権利及び義務) (報告の請求) 第23条の2 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。 申し出があった場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。 |
23 条照会は、受任している事件について、弁護士が所属する弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し立て、当該弁護士会が、その申出の適否を判断した上で、適当でないと認める場合を除き、当該公務所又は公私の団体に対して照会をし、必要な事項の報告を求める制度である。事実調査や証拠発見を容易にして、事件の適切な解決に資することを目的として設けられた制度であり、適正な運用を確保する点から、照会する権限を弁護士会に専属させ、弁護士からの申出が適当であるか否かの判断を各弁護士会に委ねている。
23条照会の利点として
手続に密行性があることが挙げられる。弁護士会照会は、民事訴訟法上の訴え提起前の証拠収集手段などと異なり、提訴を前提としないものであり、弁護士、所属弁護士会及び照会先の間でのみやりとりが行われる。そのため、弁護士会照会自体によって、敵対している相手方にどのような調査をしているかが明らかになることはない。このような特徴により、敵対している相手方に知られることなく情報・証拠の収集を進めることが可能となっている。
費用が低廉であることが挙げられる。各単位弁護士会により違いはあるものの、弁護士会照会自体の申出手数料は数千円程度であり、ここに郵便料金や(必要な場合には)照会先の実費・手数料等1が加算されることになる。照会先の実費・手数料等を除けば、1 回の申出においては、合計1 万円程度で訴訟等に必要な情報・資料を収集することが期待できる。
手続が簡易であることである。弁護士会照会について、これを規定している法律は弁護士法23条の2 のみであり、あとは各単位弁護士会の定める規則に委ねられている。この点は、詳細なルールが民事訴訟法や民事訴訟規則において規定されている証拠収集手段(訴えの提起前における照会(民事訴訟法132 条の2)や、文書提出命令の申立て(民事訴訟法221 条)等)とは異なるところであり、弁護士会照会制度を使い勝手の良いものとしている。
照会先が極めて広範であることである。弁護士法23 条の2 は、その照会先を「公務所又は公私の団体」と規定している。この定義から、個人は照会先からは除かれることになるが2、法人格の有無、規模の大小を問わず「公務所又は公私の団体」を弁護士会照会の照会先とすることができる。そのため、弁護士会照会制度は、様々な場面において証拠収集手段として用いることが可能である。
ところで、弁護士会はホームページで照会を求められたひとを想定して、以下のような回答をしている。
Q6 照会に答える義務はありますか? A 弁護士会照会は、法律で規定されている制度ですので、原則として回答・報告する義務があり、例外として、照会の必要性・相当性が欠けている場合には回答・報告しなくてもよいものと考えられています。裁判例でも、照会を受けた照会先に報告・回答義務があることが認められています(広島高等裁判所岡山支部平成12年5月25日判決、大阪高等裁判所平成19年1月30日判決など)。 |
Ⅱ.照会先の報告義務
23 条照会に対する照会先の報告義務は、強制力はないものの公法上の義務であり、照会
先は正当な理由がない限り報告義務を負うとするのが判例(最三判昭和56 年4 月14 日民
集35 巻3 号620 頁)・通説である、と言われている。なお、照会先は、場合によっては回答したことが不法行為となる場合もある。
実は、原審の名古屋高裁もこの判断枠組みを取り、「報告を拒む正当な理由があるか否かについては、照会事項ごとに、これを報告することによって生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる利益との比較衡量により決せられるべきである」として、この比較衡量をしなかったY において、「通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と本件拒絶をしたと評価し得る」と判示している。
正当な理由については、回答をすることにより得られる利益と、回答を拒絶することで保護される利益を比較衡量して判断するのが裁判例の大勢である。正当事由としては、以下の五つが挙げられる。
①照会趣旨や内容が不明である場合
②前提事実が誤っている場合
③報告を求められている情報が本人にとってとくに保護すべきプライバシーなどに関する照会で、報告してよいか否かが不明の場合
④保有する客観的情報による報告ではなく、主観的な意見や評価を求められている場合
⑤報告するために膨大な労力と費用と要する場合etc.
Ⅲ.報告拒絶に対する損害賠償請求の主体
(1)依頼者本人
依頼者本人は、23 条照会による利益を享受する立場にあるが「反射的利益に過ぎない」とする裁判例が大勢である。弁護士照会の申出権限は依頼者にはなく、弁護士を通じて行い、照会をするかどうかも弁護士会の判断に委ねられていることから、法的には、間接的な利益と言わざるを得ず、報告拒絶によって法律上保護される利益が害されるとは言い難いと解されている。
原審名古屋高裁も、依頼者本の請求については、23 条照会の制度は「依頼者の私益を図るために設けられた制度とみるのは相当でない。」として「依頼者は、弁護士会に対し、23 条照会をすることを求める実体法上の権利を持つものではない」、「23 条照会に対する報告がされることによって依頼者が受ける利益については、その制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益にすぎないというべきである」として権利侵害を否定している。
(2)弁護士会
23 条照会の権利主体である弁護士会に損害賠償請求が認められるか否かについては、これまで弁護士会が損害賠償請求を訴訟した先例はなく、本件が初めてのケースであった。弁護士会の損害として、財産的損害や精神的損害は想定し難いため、認められるとすれば無形損害であるとされていたが、原審の名古屋高裁は「弁護士会が自ら照会をするのが適切であると判断した事項について、照会が実効性を持つ利益(報告義務が履行される利益)については法的保護に値する利益というべきである」として、弁護士会の無形損害として1 万円の損害賠償を認めたものの、本判決は上記のとおり判示して、これを否定している。
Ⅳ.本判決の意義
本判決によって、弁護士会が、報告拒絶により照会先に対し損害賠償請求をすることは
認められなくなり、今後、報告義務の存否につき争いが生じた場合に裁判所の判断を求め
る手段としては、弁護士会による確認訴訟が考えられることになる、と言われる。なお、依頼者による確認訴訟については、上記のように依頼者の利益が間接的、反射的なものにとどまるものであれば、当事者適格を認めることは困難である。もっとも、公法上の制裁のない23 条照会の実効化を図るためには、23 条照会の審査を厳格にして照会に権威と正当性を付与するなど、不当拒絶がなされることの発生を防ぐための実務運用がより一層重要となるものと言えよう。
むすびにかえて
そして、憲法上の問題点としては弁護士照会は個人情報保護法、特に23条1項1号との問題が絡んでくる。この問題は、いわゆる「前科照会事件 最高裁判所 昭和52年(オ)第323号昭和56年4月14日 第3小法廷 判決」で議論される問題であるが、民事裁判のレベルに変えて、再度検討したい。
そとて、今回の報告で一番抜けているのは弁護士会照会制度については、日弁連による2008年2 月29 日付け「司法制度改革における証拠収集手続拡充のための弁護士法第23 条の2 の改正に関する意見書」において立法提言についての検討である。