祖母の命日
1月13日の備忘録。
この日は、母方の祖母の命日であった。わたしは1998年後期から本務大学に奉職しているが、この年の12月に父親が脳梗塞で倒れ、翌年の1月に祖母が亡くなった。したがって、はじめての専任教員に就職したことにはちがいないが、あまりよい思い出がない。そもそも、つくば市以北は友人の結婚式や研究会で札幌と仙台に3回程度しか行ったことがなく、本務大学にも最終の面接試験で行ったのがはじめてである。先任者の先生が急死したために、本務大学が必要に迫られ公募したことを先輩の先生から教えられ、半ば半強制的に公募書類を提出したら採用されてしまったという次第である。応募者はかなりいたそうなので、それなりの達成感があったが、同時に関西の某大学法学部専任教員の内定も決まっていたので、そちらのお断りにもいろいろ苦労した。とにかく、授業数が半端ではなかった。半期で12以上の講義・演習をこなし、都内での非常勤も続けていたから、日曜以外は働きづめであった。そんな折、父親が倒れ、祖母が入院して亡くなったために、はじめて依頼原稿の期日を守ることができなかった。この当時、わたしは携帯電話を持っていなかったため、その申し開きもできず都内からは相当な批判も受けた。インターネットは、iモードが普及した2000年以降、学生が使用法を教えてくれたという時代である。
祖母との思い出は、かつてこの備忘録に書いた椎茸事件などいろいろあった。弟が、つまり大叔父が香川大学法学部の初代商法の教授であったので、わたしの就職を喜んでくれたし、死ぬ前に就職したことを報告できたことが祖母孝行ということになろう。叔父二人が東大・広大の教授であったので、大学の教員になったことよりも、理系だらけの一族で久しぶりに法律学の教員が出たことが嬉しかったようである。今年と同じで、連休になったためにお通夜に戻ったことを思い出す。
祖母の冥福を祈ります。