遺伝病とトマス・アクィナス
1月27日の備忘録。
昨日に引き続き、自宅マンションの川向のプリンス・ホテルで1月試験を受験しに行く。
昨日は早めに―と言っても、午前2時に―就寝したのだが、先週のセンター試験の疲れが残っているのか午前7時半まで寝過ごしてしまった。実は、午前6時に起きて「教育学」のテキストの残りを読んでしまおうとしていたのであるが、これでは午前9時半開始の「教育学」の試験時間まで2時間しかなく、頁的には読めるが試験勉強は出来ないとあきらめてヘルバルトのところまで理解を中心に精読する。さいわいこの科目はテキストを定期的に読み、また職業柄、コメニウス、ルソー、ペスタロッチ、カントおよびヘルバルトまでは一応は知っているので、後の部分は過去の記憶の蓄積に頼って午前9時に自宅を出て、会場に歩いて行くと試験場にはすでに監督官の先生が2人待機していた。午前9時半から「教育学」の試験を受ける。内容は、教育学における「エロス的人間像」と、そのアンビバレンツ性について述べるものであった。これについては結果的に成績はどうであれ、昨日の「教育史」の分からなかった部分を読み返したおかげで、それなりにまとまった答案が書けたと思っている。午前11時から、「ドイツ語Ⅰ」の試験を受ける。こちらの方は試験を実施している方にはわるいが、普段の実力試しに受験しているので予習はしなかった。当然のことながら、日常会話に頻出する動詞の変化が曖昧なので、こちらは今後、少し時間をとって勉強しなくてはな~、と思った。
コメニウス
J.J.ルソー
ペスタロッチ
カント
ヘルバルト
午後1時半より試験監督の先生の講演会であったので、お昼休みを使って駅南のヤマダ電機に行く。というのも、この新しいホームページを作成するきっかけになったのは、Webnodeの無料ホームページで「国法学研究教室」を開設していたのであるが、月曜日のわたしの試験の課題集をニュースとして大量に書き込んだために制限量をオーバーし、有料のスタンダード版にアップグレイドしたのはよいが、相手方の取引銀行がスイスの銀行であるためにアップグレイドが完了しておらず、あらたな書き込みができないからであった。そこで、貯まったヤマダ電機のポイントでアカデミーパックのホームページ・ビルダー17を購入して新しいホームページを開設しようと考えたわけである(学生割りを使ったか、教員割を使ったのかは訪問者の判断に委ねる)。昨夜、Googleでネット検索をしていたところKindleの書籍でカントの原著、豊島訳の『レ・ミゼラブル』あるいは末広巌太郎『嘘の効用』などが0円だったので、Kindleは買いだと思って駅前の量販店を回るが品切れであった。とりあえず、そうこうしていると時間になったので、会場に戻って2人の先生の講演会を聴く。
11時59分、ヤマダ電機でHPビルダー17ACショセキ W7Dツウシン 9600円を購入。
午後1時半から、まず小野先生の「遺伝病」についての講演が始まった。小野先生の話によれば、まず優性と劣性、そして優性と優生の区別をしなければならない。これを行わないと、悪しき「優生学のトラウマ」にわれわれが拘束されて、ナチスドイツのような悪夢を再び繰り返してしまう危険性があるということである。そもそも、人間は誰でも遺伝病の保因者であり、それが健康な人にはたまたま病気として出ていないだけであるということで、ラッキーであったに過ぎない。わたしは席の一番前の席に座っていたので小野先生に質問されたのだが、その内容は遺伝病をもって発生する人間の可能性は何パーセントかというものであった。わたしは多めに見て10パーセントと回答したが、小野先生の説明では実に50パーセントは遺伝病をもつが、その多くが流産で流れてしまうので遺伝病者の数が少ないように見えるだけなそうである。また、DNA解析が進むと、個人の遺伝子情報が外部に漏洩する危険性だけではなく、自己決定権を持っていても耐え難い、それを知りたくないというような情報を本人に知らせるべきかどうかという問題が発生することも指摘された。たとえば、進行性アルツハイマーになるということがDNA解析から可能であるが、「あなた、70過ぎると進行性痴呆に絶対なる」ということを冷静に聴けるほど人間は強くないのではないか。最後に、わたしは白人のブロンドや碧眼はアルピノの特性で劣性遺伝ではないか、との質問をしたのであるが、生物学上、白人のそれらの特性をアルピノで説明するのは過去の学説であるそうである。実は、われわれにもブロンドの遺伝子も碧眼の遺伝子も持っており、ただ黒髪遺伝子の陰に隠れているだけなそうである。奇しくも、2週にわたって違う小野先生から生物学についての面白いお話を聴く機会を得た。最後に、小野先生はお土産に京都大学作製のDNAマップをプレゼントしてくれた。
午後3時過ぎ、上枝先生の「スコラ哲学入門」の講演が始まった。上枝先生はトマス・アクィナスを中心に話を進められたが、ここでは以下の2点に絞って書き込むことにする。まず、トマス・アクィナスの手書き原稿のスライドを見せてもらったが、上枝先生の言うようにとにかく字が汚くて判読ができないしろものであった。次に、スコラ哲学者は日本人の理解する信仰とは違う信仰を持っていたということである。すなわち、われわれ日本人ならばアクィナスより近代のデカルトやスピノザの方が脱神学化された議論を展開していると理解しがちであるが、実は後者の方が神と信仰についてのことばかりを議論しているそうである。これ以上は、わたしも法哲学者なので詳しくは書かないが、アクィナスのメカニズム的宇宙観の話が出たので、講演後に上枝先生にホッブズの機械論的世界観で学位論文を書きたいのですが、指導教官の一人として候補にさせていただいて結構でしょうかとお願いしたところ、こころよく了承していただいた。帰宅後、インターネットで調べたところ、上枝先生はわたしが本務大学に助教授で招請されたときに講座長だった森啓先生の後輩であった。本当に、この世界は狭いと実感した。
確かに、トマス先生、これではなにが書いているのか判読できません(一応、ラテン語で書いているらしい)。
上枝先生から教えてもらった、トマス・アクィナスのラテン語原典が読めるホームページ
https://www.corpusthomisticum.org/iopera.html
帰宅後、ホームページ・ビルダー17でホームページを作製していくが、なんということかこれをネットに載せるためには有料でクレジット・カードがなければならないことが分かった。幻のホームページの扉は以下の第二帝政成立時の画像を貼り込む予定であった。したがって、作業がそれ以上進まず、アマゾンでKindleの注文をして就寝。