博士論文(要旨・結果)

2018年11月26日 12:46

Title 基本権価値・原理の衝突とその規範分析―基本権構造論
の諸問題―( Abstract_要旨 )
Author(s) 中野, 雅紀
Citation Kyoto University (京都大学)
Issue Date 2018-09-25
URL https://doi.org/10.14989/doctor.k21319
Right 学位規則第9条第2項により要約公開; 許諾条件により要約
は2019-03-23に公開
Type Thesis or Dissertation
Textversion none
Kyoto University
( 続紙 1 )
京都大学 博士(法学) 氏名 中野 雅紀
論文題目
基本権価値・原理の衝突とその規範分析
―基本権構造論の諸問題―
(論文内容の要旨)
本論文は、戦後ドイツの基本権論の理論的展開をドイツ社会の変化と関連さ
せつつ論じたうえで、人権分類論や審査基準論、そして基本権の第三者効力論
や基本権衝突論といった基本権ドグマーティクをめぐる具体的論点について検
討する、視野の広い業績である。その際、特にヨゼフ・イーゼンゼーとロベル
ト・アレクシーという、ドイツを代表する、しかも理論的傾向において対立す
る論者に注目することで、論述に軸をもたせている。
まず序論として、今日の日本において憲法をめぐる価値観の対立が激しいこ
とに触れた上で、そのような価値観の対立は決して消極的にのみ解されるべき
ものではないはずだという問題意識が示される。むしろ、価値規範と価値規範
の対立を正面からとらえ、場面ごとにその解決を図ることこそ、憲法解釈学の
役割であるとされる。
本論は、総論的な第1部と基本権ドグマーティクをめぐる第2部に大別されて
いる。
まず第1章でヒエラルキーや価値など、本論文で用いられる基本概念につい
ての説明がなされる。特に価値については、カール・シュミットとアレクシー
の説明が対置されたうえで、後者の価値序列観によれば、前者のいう「価値の
専制」を防げることが示される。第2章では、ドイツにおける基本権の論じ方
の大きな変化が「基本権パラダイム論」として描かれる。ここでは、ユルゲン
・ハーバーマスの著書『事実性と妥当性』が基本権パラダイムの大きな転換点
を示すとの位置づけから、それ以前とそれ以後に分けて有力な基本権論が概説
される。本論文は、あえて従来のドイツ憲法学におけるシュミット学派対スメ
ント学派という対立軸とは異質な見方を示すのだが、これは、著者が、ハーバ
ーマス以前にはスメント学派はその価値秩序論に対するシュミット学派からの
批判に有効に答えられていなかったのに対して、ハーバーマスの「手続的法パ
ラダイム」の提唱をアレクシーが批判的に摂取し、「ルール/原理/手続モデ
ル」を確立することで、価値衝突の問題を解決する糸口が見いだされたと考え
ていることによる。
第3章では、価値衝突を解決するためには、その社会に基本的な価値観の共
有が必要なのかという問題意識から、1970年代のドイツで行われた基本価値論
争が回顧される。ここで、イーゼンゼーが「国民の倫理的な基本的コンセンサ
ス」を求めたこと、これに対し同論争後にアレクシーが基本権を「原理」とし
てとらえつつ、実質的にはイーゼンゼー(学派)との論争が継続していること
が示される。つづいて第4章では、このアレクシーのいう「基本権内在的道
徳」について詳しい検討がなされる。アレクシーは、基本法は対立する道徳上
の理念を含んでいるが、この緊張関係を比較考量を通じて合理的に解決するこ
とこそが原理理論の役割であるとする。
第5章では、第1部の締めくくりとして、従来の人権分類論、審査基準論がア
レクシー理論の立場から再考される。そこから、基本権審査の「論証ゲーム」
の再構築が図られている。
第6章は、第2部を始めるにあたり、基本権で保護された行為の範囲を「基本
権構成要件」と呼ぶ用語法などについて説明する。つづく第7章と第8章で、こ
の構成要件のとらえ方において対照的なアレクシーとイーゼンゼーが再び取り
上げられ、それぞれの基本権論が詳しく検討される。まず第7章では、アレク
シーの「開かれた」基本権理解が検討される。彼は、基本権を原理と理解しつ
つ、合理的手続に基づく討議を経た比較衡量により、原理観衝突の合理的解決
を図ろうとする。そのためには、むしろ基本権構成要件は広く解し、衝突を明
るみに出す方がよい。これに対し、第8章で検討されるイーゼンゼーは、基本
権保障の理論的前提として国家の暴力独占を強調し、他者加害行為を基本権構
成要件から一律に除外する。しかし、論文著者は、このような解釈には基本法
条文上の根拠が乏しく、またイーゼンゼーが精神的加害も基本権構成要件から
排除することから、厳格さを欠く理論となっていると批判する。
第9章は、基本権の衝突が問題となる場面の一つである基本権の第三者効力
論について、近年のドイツにおける理論的発展をふまえて論じている。具体的
には、基本権保護義務論の諸説をふまえつつ、特にアレクシーの第三者効力論
についての理論構成が検討されている。そして、第三者効力論が立法不作為の
問題と密接に関連していることが示される。最後に第10章は、第三者効力論で
論じられる「理論構成」の仕方ではなく、基本権衝突を国家がどのように調整
すべきか、その「内容」をめぐる議論に分け入る。ここでは、広い基本権構成
要件論をとる著者の立場が改めて示されたうえで、アレクシーの理論モデルが
検討され、市民が「論証と反対論証のゲーム」によって基本権衝突を解決して
いくべきという動態的な理解が示される。
(続紙 2 )
(論文審査の結果の要旨)
本論文は、憲法規範に内在する価値対立について、その存在を否定するの
ではなく、むしろそれを明るみに出して議論の対象とすることで合理的な解
決を図る道筋を探ろうとするものである。本論文は、憲法をめぐり意見の対
立が激しい日本においてもこのような視点が有益であるとの認識に基づい
て、戦後ドイツの基本権論を詳細に検討し、総論的な基本権の性格づけの問
題から、第三者効力論や基本権衝突論にまで至る幅の広い探究を行うもので
あり、基本権論への大きな貢献であるといえる。
本論文の第一の特徴は、現代のドイツの基本権論をリードするロベルト・
アレクシーの理論に関する検討を多角的かつ詳細に行っている点にある。本
論文は、ユルゲン・ハーバーマスが基本権論にもたらしたインパクトとアレ
クシーによるその批判的摂取の経緯を示すことにより、アレクシー理論がド
イツ基本権論の歴史の中で有する意義を明らかにしている。さらに、基本権
構成要件論において対立するヨゼフ・イーゼンゼーとの対比を通じて、その
「開かれた」基本権理解の理論的意味を示す。これらの作業により、基本権
が価値を内包すると認めつつ、基本権衝突を合理的な討議という手続きによ
って解決しようとするアレクシー理論の特徴が明確に示されている。アレク
シー理論に関する研究は日本でも多いが、本論文は、学説構築の経緯の説明
や理論的対立軸の設定といった点で、従来の研究にはない特徴を有するとい
える。
第二に、本論文は、イーゼンゼー理論の研究という点でも意義深い。イー
ゼンゼーは、ドイツ憲法学の大家の一人であるが、日本においては、その学
説研究が十分行われてきたとはいえない。本論文は、イーゼンゼーの「狭
い」基本権理解をその国家論と関連させて論じることにより、このような基
本権論の意義と問題点を明らかにする。日本の類似学説との異同が検討され
ている点においても、学界への貢献は大きい。
そして、第三に、本論文は、基本権の第三者効力論の枠にとどまることな
く、基本権衝突を国家がどのように調整すべきか、その実体的内容について
検討を行おうとする点において、注目すべき意欲的な試みであるといえる。
ただ、この基本権衝突論が、結局はアレクシーの法的議論の手続論に回収
されてしまい、実体的内容の検討が不十分なものにとどまっていることもま
た、指摘せざるを得ない。また、本論文は全体の構成が十分に整理されてい
るとはいえず、たとえば1970年代にドイツで行われた基本価値論争を検討し
た箇所は、それ自体興味深いものであるが、当該論争に参加したイーゼンゼ
ーの憲法理論との関係が不明確であるため、論文全体の中で十分生かされて
いるとはいえない。もっとも、これらの点は、本論文が基本権論として優れ
た業績であることを否定するものではない。
よって、本論文は博士(法学)の学位を授与するに相応しいものと認められ
る。
また、平成30年8月20日に調査委員3名が論文内容とそれに関連した試問を
行った結果合格と認めた。なお、本論文は、京都大学学位規程第14条第2項に
該当するものと判断し、公表に際しては、当該論文の全文に代えてその内容
を要約したものとすることを認める。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/235039/1/yhogk00220.pdf